1.補完する介護ではなく、自立を支援する介護
自立
はじめに「自立とは何なのか」ということを簡単におさらいしていこう。WHO(世界保健機関)では、身体的に病気がないだけではなく、精神的かつ社会的に良好な状態を「健康」と定義している。
これは、WHOが特別にそういう表現をしたわけではなく、人間は身体、精神、社会の3つの要素から成り立っているという事実に基づいて言っているにすぎない。
したがって自立に関しても、身体的自立、精神的自立と社会的自立という3つに分かれ、さらに障害児、障害者、それから高齢者という3つの分類に対し、自立というものの課題がそれぞれ違ってくる。
障害児、子供たちは、身体的に自立し、精神的にも社会的にも自立していくことが課題になってくる。これを総まとめとして「発達」という言葉を使っている。だから「障害児の自立支援」といったときには身体的自立だけではなく、精神的にも、社会的にも自立を目指してやっていかなくてはいけない。この辺りは「障害児への介護」の世界の基本理論であり、そういったところからスタートしていかなくてはいけない。
では、障害者にとって、どういうことが課題になるかというと、世界の「障害者自立生活運動」が求めてきたように、彼らがいちばん必要としている問題は社会的自立である。世界の障害者が1970年代、80年代を通して声高に要求してきた「我々は地域社会で生活して、一般社会人として独立した生活を営んでいきたい」ということ。つまり、「社会的自立を目指していく」ということなのである。そして、「社会的自立」を完結できるように、障害者自身が自分たちの決意として精神的に自立しようというのが彼らの求めだった。成人の障害者になると、すでに身体的自立はあるレベルで止まってしまっているので、身体的自立は課題にはならず、精神的、社会的自立が課題となってくる。
3番目の高齢者の場合には、長期にわたって身体、精神、社会的自立の人生を送った人が、身体的な自立だけを失っていき、そこから家族の介護負担が生まれている。
高齢者は精神的自立や社会的自立を追い求める必要はなく、ADL(日常動作)をもう1回自立できるように戻してもらって、生活を整えていけばいいのである。ADLが自立すればQOL(生活の質)も向上し、ADLが自立すればIADL(手段的日常動作)という、買い物、 調理などの生活関連動作も自立していく。
「資料1」の身体、精神、社会の3つの円は、お互いに重なり合って描くようにしている。身体的に自立すると、精神的にも自立していくという影響が生まれてくる。身体的に自立することが、社会的な自立に対してより一歩近づくことになる。それから、精神的な自立を達成すると、今度は社会的な自立というものにも影響を与えていく。お互いに相互影響の関係になっていくのである。この影響し合うものの関係を図式化して表すとこうなるのである。
2.基本ケア(水分・食事・排便・運動)が鍵
基本ケア(水分・食事・排便・運動)
高齢者ケアには基本的なケアが存在する。実はそれを確実に行うことでほとんどのADLの問題は解決に向かうのである。
1番目は「水(水分)」。
人間が1日に必要とする水分をきちんとケアできるようになっていくと、ほとんどの問題は解決していく。
水分が人間の体に与える生理的な影響は非常に大きい。
2番目は「食事」。
食事が適正量摂れれば、あらゆる問題を解決していける。しかし、食事には低栄養を起こしてしまう性質をもっているので、
そういう問題には注意しなくてはならない。
3番目は「排便」。
これ以降は要介護の世界を視野に置いた話だが、排便を自らのコントロールで行えるようにしていく。
4番目が「運動」。
今までの介護がいちばん不得手なのが運動である。運動の出発点は離床から始まるが、最近では車椅子生活が増えてきたために、ひとまず離床はするが、ベッドから空間的に離れているというだけで決して身体活動を伴っていない。要介護高齢者の運動問題を考えるときに、中心になるのは歩いてもらうということ。歩くことによっていろいろなよい反応が起こってくる。
いずれにしても、「水」「食事」「排便」「運動」。この4つが、全ての高齢者に対する基本的なケアである。これを視野に入れなければ、どんなケアを展開しても難しい。基礎工事ができていない建物を建てるようなものである。これは身体介護の世界だけではなくて、認知症に対しても同じことがいえる。例えば、目を離すとティッシュペーパーをバリバリ食べるような、ひどい異食があるようなケースでは、その人に向いた個別ケアも大事ではあるが、なによりも基本ケアを怠らずに、適切な水分をとっていただく。
また、ケアには、基本ケアを基本として、そのうえに固有のケアがある、例えば「排泄を自立する」などの固有ケアというものが出てくる。しかし、まずは基本ケアというものに力点を置いて集中して学んでほしい。そして、その次に、異食をするような認知症の人にはどういうケアをすれば異食をしなくなるのかなど、個別の、特殊なケアを勉強していってもらいたい。そうして水分の量が増えると不思議なことに異食をしなくなったというケースが実はたくさんある。これは認知症の理屈からいくと、そうなって然るべきものだが、これら「水」「食事」「排便」「運動」の4つの基本ケアは、単に身体介護だけではなく、認知症の介護にも共通している。それゆえに「基本」と呼んでいる。この基本ケアは人間が健康に生きていくための要素なのである。水をちゃんと飲み、食事をきちん摂取して、規則正しい便通がある。それから運動をする。この基本ケアは、結局、健康体をつくりだすためのケアにすぎない。
3.認知症も理論的介護で症状消失
1.タイプ別ケア
言動の異常からスタートしてタイプ判定をして、それぞれのタイプに応じたケアをするタイプ別ケアがあるが、認知症のケアには他の原則も存在する。タイプ別ケアというのは、そのうちの一つで、残り3つの原則がある。
2.共にある
一つは、「共にある」ということ。要するにケアをする側が、いろいろな異常行動を見たときに汚いなとか、異常だなとか、嫌だなという第三者的な評価を下すような態度を取ることが、実は精神を病んでいる人に対して非常に悪い。
現在、京都大学の精神科の名誉教授になっている木村敏氏は、すべからく精神を病んでいる人に接する医師、看護師、セラピスト、介護職、これらの人たちは、精神を病んでいる人たちに対して第三者的な評価を下すような態度を取ってはいけない、「共にある」ということを我々は認識しなくてはいけないと述べている。我々はいろいろな選択肢の中から一つを選択するチャンスが与えられているが、彼らは一つのことしか選択できなくなっている。そして、その選択も自ら選んでその行動をとるというより、何かに押されてやむにやまれずそれに走ってしまう。
少なくともやりたくてやっているのではない、好んでやっているわけではない。何かに当てつけようとしてやっているわけでもない。ある状況になった瞬間に、その行動しかない。そこに駆り立てられてしまう。しかし、その最中に本人の心の中では、「それは、やってはいけない。また、そんなことやったのか」というふうに、それを止め立てしようとする矛盾した動きがある。
そういう矛盾の中でいるということ自体に対して、それを行っている人の中の矛盾した事柄に対して「気の毒だよね」という感情がこちらに持てるかどうか。それを持った瞬間に、あなたと相手との間に「苦痛共同体」ができている。そのことについて苦しんだり悩んだり苦痛に感じたりという相互の共感し合うような関係ができている。やりたくもないのに、そういう行動に駆り立てられながら、なおかつ自分の中に矛盾した声が上がっている状況に対して、「この人は、実は気の毒な人なんだ」というふうにケアする側が思えるかどうか。思った瞬間に相手への態度が変わる。それだけで止まるかどうかは別にして、そういう変化を見て相手方もまた救われる部分がある。これが「苦痛共同体」である。「苦痛共同体」ができた状況を「共にある」と呼ぶ。そこで、明らかに病んだ人と介護や世話をする人との間に「共にある」という関係ができる。これは精神を病んだ人に接する人が気をつけなくてはいけない接し方、態度である。
3.行動の了解
第2の原則というのは、「行動の了解」。認知症になった後の行動というのは、その人の全人生の集積した姿であると新福氏は書いている。皆さんの中にも認知症になる人がたくさん出ると思うが、認知症になったときにどういう行動を取るかはすでに決まっている。
認知症ケアのベテランになっていこうという人は、担当する認知症の利用者の今の行動について、人生歴の中に何か結びつけられるようなことがないか生活歴をいつも見ているような行動を取らなくてはいけない。「こういう人だから、こういうことをやっているんだな」と気が付いた瞬間に、やっている行動は異常ではなくなる。それが異常だとか、不潔だとか、変な人だと思えなくなった瞬間に、こちらの態度が変わるから、ケアする側と相手の関係がガラッと変わる。そういう関係の中で、認知症の症状が消失したり落ち着いたりする。これを一種の療法というところまで高めていったのが回想療法だろう。
回想療法は相手に昔話を語らせながら、お互いに回想していく中で聞いている側の療法士とその人との関係は変わっていく。相手の人生歴に共感する部分ができてくるという関係の変化が、相手を治していく、そういうことを意図的にやろうとしているのが回想療法だろう。我々が生活歴を聞きながら、その人を理解しようとしていくプロセスというのは、一種の回想療法を暗黙のうちにやっているということになる。これが第2の原則で、生活歴をさかのぼるということが重要になる。
4.安定した関係
第3の原則は、「安定した関係」。その人にとって人や物が変わったり、周辺の環境がしきりに変わることのないようにすることが、安定した関係をつくる。つまり、認知症は状況の認知力が落ちているため、まわりの環境が変わることは、常にめまぐるしく状況を変えていくことになる。
レベルの高くなった施設の経験から言うと、タイプ別ケア以外の3つの原則が着実に実行されるようになると、それだけで異常行動が消えていくことがある。さらに、タイプ別ケアにまで行った場合は、認知力の向上を図るようなケアを基本的にやったうえで、残ったものについては個別な対応をしていかなくてはならない。